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記事一覧

My Great Treasures

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2.My Great Treasures
2011年はいろんな方から貴重なアルバム、音源などをいただいた年だった。オフィシャルなものからブートレッグの珍しいものまでアナログ・レコード、CDと自分にとってはこの上ない宝物で大切に聴かせてもらっている。本当にありがたい。
房之助にもらったトゥセイン・マッコールのアルバムが今年の最後かと思っていたら、千葉の染織家のKさんから分厚いボブ・マーリーの本"Marley Legend"が届いた。ボブ・マーリーの生涯を綴った長い文と珍しい写真、それにポスターやコンサート・チケット、バックステージのパス、ステージのセッティング図、ツアーのスケジュールリストなどの付録にわくわくさせられたが、いちばん見入ってしまったのは、ボブ・マーリーが書いた自筆歌詞のコピーだ。とくに"Turn Your Lights Down Low"は大好きな曲なのですごくうれしかった。一時期レゲエもいろいろ聴いたが、私にとってレゲエはやはりボブ・マーリーだ。本のページーを繰りながら、冬の午後、窓から差してくる陽射しにまどろんで"Exodus"を聴く。いい師走だ。

Hello 2012

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 A Happy New Year!
大晦日に横浜でライヴをやって中條さんの車で送っていただき、元旦2日は小さなおせちと雑煮を食べて静かな正月を過ごした。
しかし、神社に参拝に出かけても、近所を歩いてみても、自分が子供の頃にあったような静かだけれど華やかな正月ムードは年々失せているような気がする。家々の国旗や門松、松飾りも少なくなっているし、2日あたりから開けている店も多く、年末バーゲンの店は丸一日過ぎれば今度は初売りをやっている。
コンビニもずっと営業しているし、街中に何か新しく始まる感じが漂ってない。

そんな元旦、いただいた正月仕様の真新しい箸袋を眺めながら、和服を着た正月の父の姿を想い出した。
子供の頃は、買ってもらった真新しいセーターやズボンを着て、正座をして親に新年の挨拶をし、お屠蘇を飲みおせちを食べて、お年玉が父親から渡されるのをワクワクして待った。
そして、近隣の人たちに新年の挨拶をして神社に参拝に行く。
数日すれば学校で会う友達から届いた年賀状を見て嬉しかったり、年賀の挨拶に来た人たちからもらったお年玉に父親からのお年玉を合わせて何を買おうかと考えたり、新しい日記帳を作ったりと正月は静かに過ぎて行くけれど新しい始まりだった。
ここ数年、そういう新年のムードが希薄に感じられるのは私が年を取ったからか。
そんな話をしていたら、独楽や凧揚げや歌留多の時代はとうに去り、wiiの時代になったのだと友人に言われた。
wiiか・・・知らん。見たこともない。

今年は神社で自分や家族の幸せだけでなく、日本の幸せを願った人がたくさんいただろう。
復興が早く進み平穏無事な一年でありますように!
今年もよろしくお願いします。

永井ホトケ隆

Good Bye 2011

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2011年12月31日早朝。
じーんとする寒さの中、ベランダに出ると来春に咲く花の緑の芽が見えた。
花開くまではまだまだ待たされる日が続く。

いろんなことがありすぎるくらいあった年でした。
そして、一生ずっと忘れられない年でした。
いや、忘れないようにしなければならない年でした。
人の力になることの難しさを感じた年でした。

そんな中、新しいアルバムを出して、長いツアーをして、新しい街へ行き新しい出会いがあった1年でした。
わずかな時間ですが、自分たちが作る音の中でささやかな幸せをたくさんの人たちと分かち合った1年でした。

今年もありがとうございました。
来年がみなさんにとってよい年でありますように。

永井ホトケ隆

師走の新宿御苑の写真を添えて

初のアコギ旅

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今度の11/3大阪のブルーズ講座は「ロバート・ジョンソン特集」。ロバート・ジョンソンが好きなので音源はもちろんだが、いろんなジョンソン関係の本をかなり持っている。それで講座の前に下調べというほどのものではないが、また関係の本を読み、ネットで探り、音源を聞き直ししているうちに時間はどんどん過ぎ、いよいよ明後日になってしまった。もちろんジョンソンの曲も演奏するので結構仕込みは大変だ。でも神秘的なこのブルーズマンをみんなに知ってもらうのは嬉しい。
今回は久しぶりに11/4和歌山のオールドタイムにも行くので、ジェイムズ・テイラー好きのマスター松本さんにも初めてアコースティック・ギターでブルーズを聞いてもらうことになる。
もちろん11/5泉佐野、漫画屋もアコギだ。

是非、お越しください。

「秋の夜に大人の女の歌とギター」/Bonnie Raitt Live In Germany 1992(IMMORTAL IMM940230)

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ボニー・レイットの1992年のドイツでのライヴDVD。
会場はそれほど大きくない。大袈裟な演出も最近流行りのサプライズとやらもなく、派手なアクションや見せびらかしのテクニック披露もしない、さりげなく深い演奏が淡々と続いていく。
1989年に"Nick Of Time"が大ヒットしてから3年後のライヴなので"Nick Of Time"の曲を中心にしたライヴだ。こうしてライヴで聴いてもあのアルバムはいい曲揃いだった。
4曲目に歌われる"I Can't Make You Love Me"・・・・その辺の小娘には出せない、揺るぎない生き方をした大人の女性しか出せない情感。さらりとした表現だが奥は深い。「ああ、いい声だなぁ・・いい女だなぁ・・・」と聞き惚れ、見とれてしまった。

6曲目の"Kokomo"ブルーズの師匠であり、スライドの師匠であるフレッド・マクダウエルの曲。身に染み付いたブルーズ・フィーリングがじわっと出てくる。若い頃に培ったブルーズを柱とした彼女の音楽性がしっかり根ざしているのがわかる。
自分の声がブルーズ向きでないとインタビューで言ってましたが、いやいやそんなことはないです。とてもブルージーですよ、ボニーさん。がなるように、やたらパワフルさを強調して歌うだけがブルーズ・シンギングではないと思います。
スライド・ギターに至ってはもう、他の誰も弾けない、彼女しか弾けないフィールドを作ってしまってます。

そして、オリジナルをやっても、ブルーズのカヴァー曲をやっても差がない、違和感がないのはやはり自分のルーツを忘れてないからでしょう。
彼女の歌を自然に支えるバンドもすごくいいです。
"Nick Of Time"が大ヒットしたあと来日した時のステージで、「自分のバンドでまた日本に来れてよかった」と嬉しそうに語った彼女。一時はバンドがなくてひとりでコーヒー・ハウス、小さなクラブを転々と旅していた。
ブロードウェイのスターである父親をもつお嬢さんなのに、高校生でブルーズ好きになってしまってフレッド・マクダウエルに弟子入り状態になってしまったヒップな女性。
なかなかヒットに恵まれず大ヒットは"Nick Of Time"まで待たなければならなかった。
でも、陽が当たっても雨に打たれてもずっとギター片手に旅してきた筋金入りです。

来日して欲しい女性シンガーのNo.1!
そして、一生ないだろうけど・・・・・、一緒に酒を飲みたい女性シンガーNo.1!
さぁ、もう1回見るか。

偉大なレコーディング・エンジニア&スタジオ経営者のストーリー・アルバム

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『ザ・コジモ・マタッサ・ストーリー』(PROPER BOX 129)

1950年代、ニューオリンズからいくつものR&B,R&Rの名曲が生み出されたが、その生みの親のひとりが当時ニューオリンズでスタジオを経営し、エンジニアでもあったコジモ・マタッサ。そのコジモが録音した数々のヒット曲、名曲をコンピレーションしたアルバム4枚組。
その曲目とミュージシャン名を見ただけで「いゃ〜、すごいなぁ」とため息が出た。

音楽があふれるニューオリンズで生まれ育ったコジモは、大学をドロップ・アウトしてブラブラしていたところ父親から「働くか軍隊に行け」と言われて、ジュークボックスやレコードを販売する仕事を始める。当時、ニューオリンズにはレコーディング・スタジオがなく、素晴らしいミュージシャンがたくさんいるのにみんなよその街にレコーディングに行っていた。そこで音楽になかなかいい耳をもっていたコジモは、「儲かるんとちゃうか」とスタジオを経営し始める。
その名がJ&Mスタジオ。最初はぱっとしなかったけれど、ロイ・ブラウンというブルーズ・シンガーがJ&Mで録音した"Good Rockin' Tonight"(タイトルが最高!)が1947年に大ヒットして、次第にスタジオの名前が知られていく。
その後、ファッツ・ドミノ、ロイド・ブライス、ギター・スリムなどJ&Mで録音したミュージシャンが次々にヒットを出して、50年代半ばにリトル・リチャードが放った数々のR&RによってニューオリンズのJ&Mスタジオとエンジニアのゴシモ・マタッサの名前は決定的に知られることになる。そして、インペリアル、アトランティック、スペシャルティなど全米のレコード会社がJ&Mスタジオでの録音を求めて来た。
この初中期にニューオリンズ・サウンドのプロデューサーとして腕をふるい、ミュージシャンとレコード会社の間に立って交渉もしたのがディヴ・バーソロミュー(のちにその役割を受け継いだのが現在もニューオリンズのプロデューサーとして活躍しているアラン・トゥーサン)。
50年代のニューオリンズ・サウンドの栄光というのは、コジモ・マタッサ(エンジニア)+ディヴ・バーソロミュー(プロデューサー)のふたりと、アール・パーマー、リー・アレン、フランク・フィールズなどニューオリンズの優れたミュージシャンたちによって作られていった。
J&Mはのちに移転してコジモ・スタジオと名前を変えたが、コジモはレコーディングに関して創意工夫し、R&BやR&Rの斬新なサウンドの誕生に大きな功績を残し、その名前は海を越えて海外にまで知られるようになった。
コジモは業界から引退したもののまだ健在で、このアルバムのブックレットにも好々爺となった彼の最近の写真が収められている。

このコジモからヒットを出して世に出たミュージシャンの名前をざっと挙げてみよう。ファッツ・ドミノ、ギター・スリム、リトル・リチャード、シャリー&リー、ロイド・プライス、スマイリー・ルイス、プロフェッサー・ロングヘア、アール・キング、アート・ネヴィル・・・と、歴史に名前の残るミュージシャンばかりだ。
新しい音楽が生まれ、育っていく輝かしい録音の日々がこの4枚に収められている。
そして、製作するお金だけではなく、ミュージシャンとプロデューサーとレコーディング・エンジニアの才能と努力と工夫なくして名曲は生まれないし、ヒットもしないという見本のような『ザ・コジモ・マタッサ・ストーリー』でした。お薦めのコンピレーションです。プレゼントしてくれたニューオリンズの山岸潤史に感謝。

ジャケット写真とコジモさんの写真と、もうひとつなぜかリトル・リチャードがブランコに乗ってる写真(やはりおネエ系のムードがどことなく漂ったイカシた1枚)です。

October 05, 2011

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我ブルーズ・ザ・ブッチャーの新しいアルバム"Voodoo Music"がリリースされました。そして、レコード店に行きアルバムを1枚買いました。いつも発売日にはレコード店に行って記念に自分のアルバムを買うことが恒例になってます。そして、知らなかったのですが、おまけに「Japan/The Blues/Today!」というステッカーが付いてました。
ブルーズが好きになって40年近い歳月が流れましたが、いまもこうして新しいアルバムが出せることに感謝しています。
そして、アルバムを手にして初めてアルバムを出した時のような初々しい喜びをいまも感じている自分です。

『THANKS』
今回、ブルーズ・ザ・ブッチャーのレコーディング・エンジニアを初めてやってくれたウッチー(内田直之)、ありがとう!  2日間で14曲はきついよね。正直、僕もきつい・・・。ウッチーなくして今回のアルバムはなかったと思ってます。Great Soundをありがとう。

アルバムのジャケット写真からデザインそしてロゴまで作っていだたいた菅原一剛さんには、いつもながらお礼の言葉もないくらいお世話になりました。また、お忙しいのに自分たちのツアー先に写真を撮りに来ていただきありがとうございます。アルバムにたくさん使われている石巻の写真はライヴ写真というだけでなく、私たちに2011年という年を強く記憶させるものになりました。

コーラスに参加していただいたLeyonaさん、ありがとう。スタジオに遊びに来てもらったのにギャラのことも言わず、みんなで「レヨナ、コーラス、コーラス・・」と有無を言わさず歌わせてしまいました。まあ、ブルーズ・ザ・ブッチャーのライヴや録音に来るということは、歌う羽目になるということで・・・ひとつ、これからもParty Girlでよろしくお願いします。

すべての楽器テクのキビシ君、いつもありがとう。ライヴの折、キビシ君がギターの持ち替えをかっこよく、スムーズにやるための方法を教えてくれたのに、いまだにギター・チェンジがぎこちない私で申し訳ない。ピックの置き皿も作ってくれてありがとう。

ギター・テクのクボちゃん、来てもらうと本当に助かります。来てくれるとギターを弾くことだけ考えればいいので楽です。そして、キビシくんと同じようにプロの仕事というのをいつも感じさせてもらってます。今年のフジロックはウッチー+キビシくん+クボちゃん=鉄壁の布陣 でした。また、予期せぬ時に「あっ、クボちゃんだ・・・」と登場してください。

大阪の森(俊樹)君はデュオでライヴをやっているだけでなく、ギターについてわからないことがあるといつも教えてもらっている先生でもあります。ありがとうございます。そして、マディ・ウォーターズ・モデル/テレキャスターもこの間のギブソンのアコギも森君なくしてはゲットできなかったものです。

P-Vine Recordsのみなさま、いつもありがとうございます。AKBだ、韓流ポップだと言っている世にブルーズ・ザ・ブッチャーのアルバムを出す男気のあるレーベルは貴社しかありません。素晴らしいVoodoo Musicであるブルーズをいまの世に広めるためにがんばりましょう。

すべての始まりを作ってくれたブッチャー(故浅野祥之)に感謝。また新しいアルバムが出せました。たぶん、歯がゆい想いで私のギターを聴いていると思います。精進します。

そして、いつもライヴに来てくれるみなさん、そしてこの新しいアルバムをゲットしていただいたみなさん、ありがとうございます!
いつも言っていることですが、みなさんが楽しんでくれている顔を見るのがいちばん嬉しく、それがブルーズを歌い続けそしてブルーズ・ザ・ブッチャーを続ける大きな力になっています。これからも一緒にグルーヴしましょう。
そして、今年はスキップ・ジェイムズの"Hard Time Killin' Floor Blues"が頭に流れるような大変な一年になりました。そんな中、自分の音楽が何かの力になれるなどと大層なことは思っていません。でも、このアルバムそして自分たちのライヴがみなさんのブルー(憂鬱)を吹き飛ばし、ひとときですが楽しい時間を持てるささやかな力はあると信じてます。そして、一夜の酒やダンスや恋の御供になればとも思います。恋・・・?  11月からはぞっとするような長い、だけど楽しみなアルバム・リリースツアーが始まります。どこかでお会いしましょう。 Hey! Hey! The Blues Is Alright!       永井ホトケ隆

秋晴れの午後にブルーズからレゲエへ〜Feelin' Good

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"JUMPING THE SHUFFLE BLUES/JAMAICAN SOUND SYSTEM CLASSICS 1946-1960"(FANTASTIC VOYAGE FVTD087)

"This Is Reggae Music"(Island Records 9237 9251)

僕はジャマイカの音楽についてあまり詳しくはないのだが、このアルバム"JUMPING THE SHUFFLE BLUES/JAMAICAN SOUND SYSTEM CLASSICS 1946-1960"はスカやロックステディ、そしてレゲエといったジャマイカの音楽の誕生に影響を与えたアメリカのブルーズ、リズム&ブルーズのコンピレーションだ。アルバムの解説にはジャマイカのサウンド・システムの始まりと発展、アメリカ南部のラジオから流れてくる音楽の影響、ジャマイカのレコード会社の始まり、そしてスカの誕生などが書いてあり勉強させてもらった。
僕がこのアルバムを手にしたのはメイン・タイトルが"JUMPING THE SHUFFLE BLUES"だったからだが、下の方に"JAMAICAN SOUND SYSTEM CLASSICS 1946-1960"というのがまた興味をそそった。というのも、ボブ・マーリーやジミー・クリフなどのレゲエが流行り始めた70年代初中期、もちろん僕はブルーズ、リズム&ブルーズをはじめとするブラック・ミュージックにどっぷり浸かっていたのだが、何故かレゲエはすんなり体に入ってきた。まずリズムにまったく違和感がなかったことがいちばんだった。もちろん、歌詞やメロディの素晴らしさもあったし、ソウル・ミュージック的なコーラスの付け方も好きになった理由のひとつだ。

先日もレゲエに超詳しいウッチー(内田直之)と話していたら、ブルーズのシャッフルの裏のビートを極端に強調することからスカのリズムが生まれたことが話題になった。でも、スカのテンポが踊るのに早くて暑いジャマイカではみんなしんどくなって、ゆったりしたレゲエのビートに移っていったというのは面白かった。今度、ウッチーとブルーズとレゲエの関係性をゆっくり話したいと思っている。

余談だが、結局、僕にとってレゲエはボブ・マーリーに尽きる。シンガー・ソングライターとしてもパフォーマーとしても、そしてミュージシャンの姿勢としてもレゲエの中では彼がいちばん。そして、心に残っている1979年の来日コンサート。過去聴いたコンサートのベスト5に入るとんでもなく素晴らしいライヴだった。そして素晴らしい体験だった。
それからいろいろ聴いてみたけれど、レゲエはダンスホール・レゲエになったあたりからはほとんど聴かなくなってしまった(かなり昔だが)。
そう言えば、何年か前に某レコード店のプロモーション・テレビの横にレゲエ・ダンスってキャプションがあったので、いまのレゲエはどんなんだろう・・・と思って見てみたら、ムチムチのお姉ちゃんがセクシーダンスをエロっぽく踊っているだけのことで、流れてくる音楽にも私の思うレゲエなんぞカケラもなくバカにされたみたいですごくむかついた。

この"JUMPING THE SHUFFLE BLUES"はアメリカの1950年代を中心としたブラック・ミュージックのコンピだが、この編集がなかなかに秀逸。ジャンプ・ブルーズからファンキーそしてスウィートR&Bまでジャマイカンはセンスがいい。CD3枚組全85曲。ロウエル・ファルソン、ロスコー・ゴードン、ファッツ・ドミノ、シャリー&リー、ジョニー・エース、スマイリー・ルイス、デイヴ・バーソロミュー、T.ボーン・ウォーカー、B.B.KIng・・・・・・etc。見つけたらゲットのお薦めアルバムです。

それで久しぶりに懐かしいレゲエ・レコード盤を引っ張り出して聴いてみた。1974年リリースのレゲエ・コピレーション"This Is Reggae Music"(アイランド・レコード)。「ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ」がまだ「ザ・ウェイラーズ」の頃で"I Shot The Sheriff"はやっぱり衝撃的だった。ヘプトーンズやメイタルズも好きだったなぁ。素朴な中にスウィートさがあり、でも歌っていることはハード。
秋晴れの午後にブルーズからレゲエへ〜気持ちいい・・・

あと1週間

September 27.2011
渋谷P-Vine Recordsにてタカちゃん(沼澤尚)、ウッチー(内田直之)とblues&soul誌の座談。新しいアルバム・リリースに向けての話だったが、ウッチーからはサウンドに対する深い考察を聞かせてもらい、タカちゃんからはいろんなドラマーの音の出し方の妙を教えてもらった。どのくらい掲載されるかわからないが、次号のblues&soul誌をお楽しみに。僕?僕はただ茶茶入れてました。お茶は入れてません。
それで担当の井村くんから出来上がった新しいアルバム・サンプルをいただきました。思わずニンマリ。10/5の発売まであと一週間ほどですが、たくさんの方に聴いていただきたい。10/21のJIROKICHIでのリリース・ライヴでもアルバムを販売しますが、それ以前にレコード店で買われた方にもサインしますので10/21当日アルバムを持ってライヴにお越しください。

いまも変わらず素晴らしいビル・ウィザース

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Still Bill/Bill Withers(docuramafilms DVD)

涙ものの映像だった。80年代半ばからミュージック・シーンの表舞台からほぼ引退しているようなビル・ウィザースのDVDだ。なかなか日本で入手できなかったので、先日日本に帰ってきた山岸におみやげに持ってきてもらった。

素晴らしいシンガー&ソングライターであるビル・ウィザースを知ったのは、初めてアメリカへ行った70年代半ばだった。ラジオからクール&ザ・ギャングやオージェイズに混じって、彼の"Lean On Me"や"Use Me"が時折流れてきた。ストレートで飾り気のない実直な歌声は、きらびやかな曲が続くソウル・ステーションの中でやたら心に残った。曲も詞も歌もサウンドも大袈裟なところがひとつもなく、ゴスペルやブルーズのシンプルさをどこかに持った私好みのものだった。
そして、ロスのレコード店で見つけたのが彼のカーネギー・ホールでの2枚組ライヴ盤"AT CARNEGIE HALL"だった。このアルバムは私の愛聴盤の中の愛聴盤だ。ほとんど持っている彼のアルバムの中でもいちばん好きなアルバムであり、たくさんある好きなライヴ盤の中でも5本指に入るライヴの1枚だ。ドラムのジェイムズ・ギャドソン、ベースのメルヴィン・ダンロップはじめビル・ウィザースのバックを務めるのにふさわしいクールで、グルーヴィな理解者たちに支えられてビルの歌が聴く人の心の芯にまで染み入ってくる。アルバム・ジャケットを見ると、カーネギー・ホールという大きなホールにも係らず、楽器を置いただけの簡素なステージの様子が写っている。それがすでにビル・ウィザースという人を物語っている。ステージ衣装もきらびやかなという言葉からは遠いものだ。それも彼が表現したい音楽と一致している。

思い返してみれば、日々の生活や家族や友達、そして弱者へのおもいやりを歌った彼の歌は、このDVDの中で語られる「音楽がすべてじゃないんだ」という彼の言葉と繋がっている。音楽と同じように大切なことはたくさんある・・・そう、私も思う。
元々、工場労働者だった彼が慎ましい暮らしの中から、普通の人間の視点で作ったのが彼の音楽だった。デビューが32才。最初は自分で歌うつもりではなく、誰かに歌ってもらおうとソング・ライターを目指していたという話から、派手な表舞台も元々は苦手だったのだろう。
そして、70年代の終わり頃から、ショー・ビジネスの中で強いられる自分らしくないことに彼は耐えられなかったし、逆に彼が要求していることをショー・ビジネス側は受け入れなかった。彼のような才能にあふれた人でも自分の思うようにはできないのかと少し驚いた。でも、彼は音楽を捨てたわけではなく、音楽を志している娘の録音をサポートしながら、その娘の歌声に涙してしまう。その涙は娘への想いと同時に音楽への想いだろう。
そして、子供の頃吃りだった彼は吃りの子供たちの歌声に心を揺さぶられてラウル・ミドンと録音を始める。
彼は自分の日々の暮らしの中で、そうやって音楽を続けている。
当たり前のことだが、華やかな場所にあるものだけが音楽ではない。 
華やかな場所から発せられた音楽ばかりが自分たちのところに否応なく届くような音楽シーンのシステムだが、そうではない場所で素晴らしい音楽を続けている人もたくさんいる。
ビル・ウィザースからもそういう場所からの音楽を届けてもらった気がする。

最後に晩年のコーネル・デュプリーのステージに上がり、"Grandma's Hands"を歌うシーンがある。
声は少しも衰えていなかった。変わらず誠実で温かい歌声・・・・・・いい曲・・・・涙。
彼の新しい曲を、新しいアルバムを待ちたいと思う。

是非このDVDを日本盤で出してもらってたくさんの人に観てもらいたい。