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81-"Nothing's Impossible"-Solomon Burke

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☆ソロモン・バークとウィリー・ミッチェルの時代を超えたあまりにもソウルフルなニュー・アルバム"Nothing's Impossible"
もうすぐ来日するソロモン・バークの最新作"Nothing's Impossible"がリリースされた。
プロデュースは1月に亡くなったメンフィス・ソウルの名プロデューサー、ウィリー・ミッチェルだ。
60年代からウィリー・ミッチェルが手がけたアル・グリーンはじめ、O.V.ライト、アン・ピーブルズ、オーティス・クレイ、シル・ジョンソンなどの素晴らしいアルバムは多くの人たちに愛聴され、
ソウルの歴史に輝かしく残っている。
そのウィリーがソロモンと組んで出来たこのアルバムが惜しくも彼の最後のプロデュース作品、遺作となってしまった。
1曲目の"Oh What A Feeling"が流れた途端に彼がハイ・レコードなどで築き上げた独特のバックビートと豊潤で暖かい音が混じり合った懐かしいサウンドの中に私は包まれてしまった。
これみよがしなところがなく、余分なものもなく、じわじわと太いグルーヴで迫ってくるメンフィス・ソウル・サウンドにのってソロモンの包容力のある歌声が始まる。
ウィリーとソロモンが初めてアルバムを作ったとはとても思えないほど歌声とサウンドがうまく混じり合っている。そして、やたら聴く者の胸に沁みる。
そして、愛する人への溢れる想いを"Oh What A Feeling"(ああ、こんな素晴らしい気持ち)と歌うソロモンのソウルがどんどんと大きくなって波のように迫ってくる。
懐かしいサウンドとグルーヴだが古い感じはまったくしない。それはウィリー・ミッチェルとソロモン・バークが現役としてずっと活躍してきたからだろう。生きている音と歌だ。

いまとなっては黒人音楽が多岐に広がってしまいソウルというカテゴリーは主流ではなくなってしまった。
でも、いまでもソウルという場所に新しいシンガーは登場してくるし、カムバックしてくる懐かしいシンガーもいる。しかし、その人たちに何か物足りないものを感じるのは「狙い」が見え透いてしまったり、サウンドの作りがあまりにも安手だったりして深さも広さもないからだ。そういう人たちのアルバムにはなぜか時代を超えていくような常に生き生きした感じがない。
つまりオーティス・レディングのスケールの大きさやO.V.ライトの深さを持ち合わせたソウル・シンガーはこのソロモンを含めて数えるほどしかいなくなったのだ。
本当にSoulあふれるソロモンの歌声を彼のHPで聴いてみて欲しい→http://www.thekingsolomonburke.com/
HPを開いた途端に流れて来るその歌声にあなたの部屋にはソウルがいっぱいになるだろう。
どんな時代にもその人のすべてが生き生きとしたものであれば「古い」ものはなにもない。古くなるのはその人が生きているのに生き生きとしなくなった時だと私は思う。
アルバム・タイトル"Nothing's Impossible"の通り「できないことはなにもない」のだと思う。
そう思いながらウィリー・ミッチェルが何十年もアルバムをつくり続け、その最後を偉大なそして最後のソウル・シンガー、ソロモン・バークに託したのかと思うと胸が熱くなる。
このアルバムをゲットするためにレコード店へいますぐ走って欲しい。
そして、いよいよ今月30日は日比谷野音「JAPANBLUES&SOULCARNIVAL2010~25周年記念スペシャル~」にソロモン・バークがやってくる。同じステージに立つ我blues.the-butcher-590213は本当に光栄に思っている。全力を尽くしていいコンサートにしたい。
本当に多くの人たちにラスト・ソウルマンの素晴らしいソウル・ショーを是非体験してもらいたい!5月30日日比谷野音だ!

詳しくはhttp://www.mandicompany.co.jp/hp2010/live/js10/js10.html

80-Bob Dylan 来日公演 /2010.3.29 Zepp東京

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かってディランは「神」と呼ばれてました。

でも、ステージでMCもなく次から次へ歌い続けるディランは心から音楽を愛し、心から音楽を楽しみ、いつまでも音楽の中にいたいと願っている素敵なミュージシャンのひとりでした。
神ではありませんでした。
でも、彼が常人では考えられないくらい音楽への愛情をとんでもなく深く、広く持っていることを感じたライヴでした。
そして、この夜のライヴをいちばん楽しんだのは恐らくディランだったでしょう。

"Rainy Day Woman#12&35"で始まりました。"Everybody Must Get Stoned"とディランが歌うまでもなく私は彼の歌に最初から最後までStoneしてしまいました。1曲、1曲が本当にロックしてました。

後ろの方で聴いていた私にはディランの表情もステージの感じも何も見えませんでしたが、あの音の中にいるだけで充分幸せでした。

終わった後、一緒に行った人に「いいライヴでしたね」と心から言葉が出ました。

こういう音楽を好きでいてよかったと思った夜でもありました。

個人的ないろんな想いが、会場に流れるディランの声とバンドの音の狭間に浮かんでは消えました。

本編の最後"Forever Young"が胸に迫って、迫って、あふれそうになった時にディランはステージからさっといなくなりました。

多すぎず少なすぎず実に見事な匙加減でした。

誰かが超絶な技を見せつけるでもなく、それぞれは自分の役割を誠実に果たし、それがひとつの大きな音の塊になりディランの歌もそこにすっと混じり込んでいました。みんなが普通のことを普通にやりそれが普通ではない素晴らしい音とグルーヴを作っていました。

寒い春の夜、会場の外で待つこと約1時間。そして、すし詰めの会場の中で約2時間スタンディング。腰がつらかったことも忘れないでしょう。

大好きな"Just Like A Woman"が聴けなかったことが心残りです。

Tシャツ、ストラップ、そしてアルバム・ジャケットが包装紙になっている話題のディラン・チロル・チョコと三点購入。チョコを見ながら我がバンドでも何か菓子類を作るか・・・としばし考えました。例えば、コテツ君の顔が描かれている油で揚げた大判せんべい(コテセン)とか。沼澤君のドラムが描かれたどら焼き(ドラムが上手くなるドラドラ焼き)とか。中條君の好きなゴーヤを使ったゴーヤ・チップス(ナカジョニー・チップス)とか。しかし、ディランのチョコは意外だったなぁ。

010.3.20 blues.the-butcher-590213 at JIROKICHI

故塩次伸二から譲り受けたテレキャスターがあまりにいいので、ここしばらくずっと使っていたらフレットがかなり減ってしまいしばらくメンテナンスに出すことになった。
シェクターの今井さんにお願いしてフレットを削る「すりあわせ」というのをやっていただきギター全体の調整もしていただいた。
ライヴの前々日、戻ってきたギターと再会すると「おまえ、なんかきれいになったやん」という感じで、よく見るとマイクとブリッジのあたりもきれいにクリーニングされていた。病院と美容院の両方に行って帰ってきたみたいでえらいべっぴんさんになっていた。
今井さん、ありがとうございます。

そのきれいになったギターで気持ちよく興奮できたJIROKICHIのライヴだった。

常々思っていることだが、自分の体調から始まりギター、アンプ、PAの調子そしてお客さんの反応などライヴの善し悪しはいろんな要素に左右される。

余談だが、私の場合自分の酔い具合も重要なポイントで、この夜は暑かったのでハイボールにした。
久しぶりに飲んだハイボールはなんか懐かしくでもすっきりしていて気持ちよく「酔いゾーン」に入れた。
実は高校生の時、初めてひとりで飲んだウィスキーがハイボールだった(それ以前子供の頃から時々親父に日本酒など飲まされていたが・・)。何故ハイボールにしたのかよく憶えていない。たぶん酒の種類も知らないのにどこかで聴いてハイボールを頼むとかっこいいかなと思ったのだろう。
場所はジャズ喫茶でカウンターの中に小雪さんはいなかった。中にいたのは「ビリー・ホリディなんかおまえにはまだわからないだろうなぁ」とジャズ講釈をするウザいマスターだった。吸っていたタバコは缶ピーと呼ばれた両切りの缶入りピース。読んでいたのはサルトルとかボーヴォワールでおフランスかぶれだったが、本の中身は半分以下しか理解できてなかった。「私は暴力に対してひとつの方法しか持っていない。それは暴力だ」とかいうサルトルの言葉に「おお、かっこいい」なんて勝手にアホな解釈をしていた。
それで1時間も経たないうちに、「難しい本+飲めもしないウィスキー+ウザいマスター=悪酔い~トイレに駆け込む」ということになっていた。
というのがハイボールの思い出だ。

この夜のライヴは、お客さんが素晴らしい反応をしてくれる+体調がいい+ハイボールがうまい+ギター、アンプ、PAの調子がいい・・・とすべて良く、とてもいいライヴになったと思う。
新しくやった"I'm Tore Down"もいい感じだったと思う。
前にも言ったように、私たちのHOMEであるJIROKICHIの月1のライヴではバンドとして常に新しいことにトライしょうと思っているので何か音が作られていく生現場を聴きたい、観たい方は是非毎回(!)JIROKICHIにお越しください。
それで今日は久しぶりに曲のセット・リスト公開です。
1st.Stage
1.Baby,Scratch My Back(inst)
2.I Don't Want No Woman
3.Someday After Awhile
4.Found Love(KOTEZ sings)
5.Everything Gonna Be Alright(KOTEZ sings)
6.I'm Tore Down
7.Good Bye Baby
8.Dust My Broom

2nd.Stage
1.That's All Right
2.Blow Wind Blow
3.Mary Had A Little Lamb
4.Te-Ni-Nee-Ni-Nu(KOTEZ sings)
5.Up The Line(KOTEZ sings)
6.Don't Throw Your Love On Me So Strong
7.Killing Floor
8.I Feel So Good

encore:1.Rollin'&Tumblin'
2.Love In Vain

では、また来月4/15にJIROKICHIでお会いしましょう。

79-Bobby Charles

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大好きなミュージシャン、ボビー・チャールズが1月14日に亡くなっていた。
海外のニュース・サイトを見ていたら『Louisiana songwriter Bobby Charles dies at 71』というタイトルを見つけた。
読んでみると糖尿病をかかえていた上に腎臓ガンの療養もしていたようだ。
長年の友人ドクター・ジョンもプロデュースに参加したアルバムがもうすぐリリースされる予定だったと書いてある。
私はいまでも時々彼が作った"Small Town Talk"を歌う。
優れたソングライターだった彼の歌をカバーしているミュージシャンは白人、黒人問わず本当に多い。
チェス・レコードで1950年代半ばにリリースした"See You Later, Alligator"が彼のデビューだったが、私が最初に好きになったのは何かのオムニバス・アルバムで聴いたクラレンス・ヘンリーの歌う"But I Do"だった。
彼女のことをたまらなく好きな気持ちを"I don't know why I love you but I do"と歌う歌詞とメロディがいまでも歩いている時や自転車に乗っている時に頭に浮かんでくることがある。

それがボビー・チャールズ作の曲だと知ったのは、ポール・バタフィールドのベター・デイズで知った"Small Town Talk"があまりにいい曲だったので誰が作ったのか調べているうちに"But I Do"も彼の曲だとわかったのだ。

それで彼のソロ・アルバムを探すようになった。
最初に買った72年のアルバム"Bobby Charles"に"Small Town Talk"が収録されていた。
95年の"Wish You Were Here Right Now"にはジョーコッカーやレイ・チャールズが歌った"The Jealous Kind"があった。深く愛し過ぎて嫉妬に苦しむ男の歌は切なかった。
アルバム"Secrets Of The Heart"も素晴らしい曲がたくさん入っている。
ファッツ・ドミノが歌った"Walking To New Orleans"や、マディ・ウォーターズもカバーした"Why Are People Like That"もいい。
日常から生まれて来る簡潔だが深い意味のある歌詞、さりげなく胸に残るメロディ。
孤独な男の気持ちが漂っている曲が多かったように思う。
偉大なアメリカン・ソングライターが逝ってしまった。
2010.1.19

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